× 閉じる

奥城崎温泉で味わう「旬の香住蟹会席」と天橋立・出石・美山かやぶきの里

奥城崎温泉で味わう「旬の香住蟹会席」と天橋立・出石・美山かやぶきの里

「ひのとり」に乗ってカニを食べる

m38さんm38さん
旅行期間2日間
旅行目的パッケージツアー /有名スポット
旅行時期2021年10月15日
拍手数0拍手
コピーされた数0
旅行先 [愛知県
名古屋市
[大阪府
大阪市
[兵庫県
豊岡市
篠山市
[京都府
宮津市
南丹市
続きを見る

1日目 2021年10月15日(金)

  • 07:40

  • 08:00~10:06

    移動(電車)

    出発 近鉄「ひのとり」

  • 10:06

  • 移動(バス)

  • 11:35~11:55

    西紀サービスエリア

  • 移動(バス)

  • 13:10~15:10

    出石の町並み

    室町時代、守護大名山名氏の居城であった有子山城の南麓に慶長9年(1604年)、外様大名小出吉英により出石城とその城下町が築かれた。江戸時代は仙石家の城下町となって発展した。江戸時代三大お家騒動の仙石騒動の舞台である。1876年(明治9年)の大火により80%以上の建造物を焼失したが町割は文化7年(1810年)の絵図の状態がほぼ完全に残り、そこに建設された明治時代の寺院や町家、および焼失を免れた武家屋敷や社寺が現存し、近世後期の城下町の歴史的風致を今日に伝えている。近代以降も出石郡における行政経済の中心地であった。そのため建替えが多く、1987年に最初の県指定景観形成地区に指定された後も古建築の改廃が絶えないため、重要伝統的建造物群保存地区選定の申し出(平成19年文部科学大臣選定)をするなど、景観の保護を法的に強化している。

  • 食事

    自由食

  • 移動(バス)

  • 15:40~16:10

    玄武洞

    国の天然記念物に指定され、山陰海岸国立公園に含まれる。玄武洞のほか、青龍洞、白虎洞、南朱雀洞、北朱雀洞の洞窟が玄武洞公園として整備されている。約160万年前の噴火によって噴出されたマグマが冷却され、玄武岩溶岩の厚い層が形成された。その後、河川による侵食により玄武岩塊がむき出しとなった。玄武洞の玄武岩はマグマが冷却される際に体積が小さくなることでできる割れ目(節理)が顕著で切り出しやすかったこともあり、これを人々が採掘し、その採掘跡が洞窟として残った。つまり洞窟は天然のものではなく、坑道・採掘跡地である。ここで切り出された玄武岩は周辺地域で漬物石や石材として使われており、現在でも城崎温泉の大谿川護岸や豊岡の石積みなどで見ることができる。玄武岩の柱状節理によって、洞窟内では亀甲状の天井や5~8角の石柱がみられる。

  • 移動(バス)

  • 17:00

  • 18:30

    食事

    「香住蟹会席」 兵庫県・香住漁港だけで水揚げされる紅ズワイガニを「香住蟹」と呼びます。 養分が豊富な海洋深層水で育ったカニは身が詰まり、甘味が強く、みずみずしいのが特徴で、様々な料理方法で味わえます。 【先附】 季節の前菜三種 【向付】 香住蟹と甘海老の刺身 【鉢肴】香住蟹陶板蒸し 【酢物】タグ付き香住蟹姿盛り 【鍋物】香住蟹すき鍋 【焼物】香住蟹味噌甲羅焼き 【蒸物】 蟹身入り茶碗蒸し 【止肴】特製蟹シュウマイ 【食事】香住蟹雑炊 漬物二種 【甘味】潮風ぷりん(城崎スイーツ)

2日目 2021年10月16日(土)

  • 07:30

    食事

  • 08:30

  • 移動(バス)

  • 10:00~12:30

    天橋立

    『古事記』によると、イザナギとイザナミの国生みにおいて天の浮橋に立ち、天の沼矛をまだ何も出来ていない海原に下ろし、「こをろこをろ」とかき回し矛を持ち上げると、滴り落ちた潮が積もり重なって島になったとする。このようにしてできたのが「オノゴロ島」であり、天の浮橋が天橋立のことと言われている。なお、オノゴロ島の位置は現在の沼島であるという説が有力である。イザナギは久志備の浜の北にある元伊勢籠神社の真名井原(イザナミのいる奥宮)に天から通うために梯子を作ったが、寝ている間に倒れてしまった、というのが天橋立の名の由来である。また『丹後国風土記』では天橋立の「東の海を與謝の海(与謝の海=宮津湾)と云ひ、西の海を阿蘇の海と云ふ」と説明している。

  • 食事

    自由食

  • 移動(バス)

  • 14:00~15:10

    美山町北かやぶきの里

    当集落は中世には丹波国桑田郡弓削荘に属し、林業を主産業とする山村集落であった。集落の中を通る街道は、いわゆる鯖街道の一つとされ、京都と若狭の中間地であり、多くの旅人が行き来していた。そういう背景から、この集落の建築や生活様式はいろいろな地方の影響を受けたといわれる。北村は近世には篠山藩に属し、近隣の村とともに「知井9か村」と称された。1993年(平成5年)、周囲の水田と山林を含む集落全体127.5ヘクタールが国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。地区では「かやぶきの里保存会」を組織し、歴史的景観の保全と住民の生活を両立すべく、さまざまな検討を重ねた。その結果、住民が出資し「有限会社かやぶきの里」を設立し、建造物の維持管理および観光施設としての運営を組織的におこなうようになった。茅葺き屋根の家の多くが江戸時代中頃から末期にかけて建てられたもので、「北山型民家」

  • 移動(バス)

  • 18:45

  • 19:03~21:08

    移動(電車)

    近鉄「ひのとり」

前のスケジュール 続きを見る

この旅行記の予算(1人の旅行)

移動0円
宿泊0円
食事0円
ツアー代0円
観光0円
その他0円
合計0円
(一人当たり 0円)

奥城崎温泉で味わう「旬の香住蟹会席」と天橋立・出石・美山かやぶきの里へのコメント

コメントはまだありません。

スケジュールをカレンダーに登録する

iCal形式 Webcal形式

旅行記は参考になりましたか?(現在0拍手)

拍手する

旅スケTOP > 奥城崎温泉で味わう「旬の香住蟹会席」と天橋立・出石・美山かやぶきの里の旅